2018年11月 お遍路⑥

11月27日から12月3日まで、お遍路に行ってきました。今回もお天気に恵まれて、紅葉も盛りで景色を満喫しながらの遍路旅になりました。

横峰寺に行く途中、横峰寺参拝バスから見えた景色。息をのむほど美しかったのに、バスは猛スピードで走りました。

11月27日(火)  60横峰寺

JR 名古屋(6:35)→岡山(8:24着8:51発)→多度津→伊予西条(11:42着)

  岡山に近くなった時、新幹線のテレッブに「7時前に人身事故があったので四国に渡る列車が全面運転中止になっている」旨の情報が出ました。どうなることかと心配しながら岡山駅に着くと、電車は動き始めていて遅れてきた1台前の特急に乗車しました。が、何度か行先変更があって、結局目的の伊予西条までは行かず途中駅の多度津で下ろされて、そこで乗り換えて11:42分にようやく到着。10:27発のバスに間に合わず次の13:37まで待つことになりました。ホテルに荷物を預けた後、特急券料金910円を払い戻してもらって、JR四国経営のパンショップ「ウィリーウィンキー」でランチ。


バス 伊予西条(13:37上の原発)→横峯登山口(14:04着)

徒歩 横峯登山口→(3分)→上の原乗換所

バス 上の原乗換→横峰寺参拝口(横峰寺参拝バスで30分)(14:40着)

徒歩 横峰寺参拝口→(15分)→60番札所横峰寺→横峰寺参拝口(15分)

バス 横峰寺参拝口(15:44発)→西条駅前(16:11着)

 横峰寺に参拝して伊予西条駅近くのビジネスホテルに16時過ぎに戻りました。実は観光案内所の人に「バスの運転手さんにせかされるかもしれないけど最終のバスで帰ると言ってゆっくり参拝するように」とアドバイスされていたのですが、そのまま連れて帰るつもりの運転手さんになんとなく言いそびれて、登ってきたバスで帰ることになったのでした。お寺での滞在時間30分。

11月28日(水) 61香園寺 62宝寿寺 63吉祥寺 64前神寺

JR  伊予西条(6:21発)→伊予小松(6:30着)

徒歩 伊予小松→(15分)→61番札所・香園寺62番札所・宝寿寺礼拝所→(20分)

           →63番札所・吉祥寺→(30分)→64番札所・前神寺→(12分)→石鎚山駅

JR 石鎚山(11:33発)→伊予西条(11:36)

シャトルバスでアサヒビール工場見学へ

午後から雨の予報。雨が降る前に回ろうと思って早めに出発しました。

61番札所の香園寺は会館のような大きなお寺で、室内に入って参拝。

参拝後、62番札所は四国の霊場会を退会したので、礼拝所を設置したとの案内があり、駐車場の礼拝所で納経しました。礼拝所の人が、「去年の4月に礼拝所ができてマスコミもたくさん来て写真を撮っていったから、写していいよ」というので礼拝所の写真を撮りました。

どんないざこざがあったことやら。

  ↑62番札所としての礼拝所

8:50吉祥寺を出て、次のお寺まで3キロ、バスで行く予定だったのが早く出たのでバスの時間が合わなくなって歩くことにしました。

10:20前神寺を出て、10:30石鎚山駅着。次の電車は11:35まで来ないのでまたまた歩くことにしました。


11:30伊予西条に戻って、また昨日のウィリーウィンキーでパンランチ。ほかにお店がないのです。

14時からのアサヒビール工場見学を予約をして、シャトルバスで工場まで送ってもらいました。乗客は私一人。バスに乗るころに雨が降り出しました。ちょうどいいタイミングでした。

 大盤振る舞いの工場見学。無料で説明、案内をしてもらったあとひとり3杯のビールとおつまみをいただきました。アルコールは得意ではないのですが、工場作り立てのアサヒスーパードライとブラックが飲んでみたくて少しだけいただきました。出来立てのスーパードライはすっきり、さっぱりとして美味でした。

帰りも駅まで一人乗客で送ってもらいました。運転手のおじさんは定年退職後5年延長のしごとも終わってからこの仕事に着いたとのこと。退職後何もしなかった時もあったけれど、仕事をしているほうがいいと言っていました。

36,7歳かと思ったと言われて機嫌よく下車しました。

 ローソンの夕食。天気が悪くて午前中しか歩かなかったけれど、22,608歩。13.4㌔

 

11月29日(木)65三角寺

JR 伊予西条(6:13発)→伊予三島(6:56着)

バス 伊予三島(7:43発)→三角寺口(8:06着)

徒歩 三角寺口→(2.4㌔60分)→65番札所三角寺

 三角寺の標識は2.4㌔でしたが、全登り道であえぎあえぎ60分かかりました。

お寺の石段下の駐車場でキューブを停めた女の人が胸にいくつかバッチをつけていたので声をかけてみました。バッチは先達のしるしで、90回まわったとのこと。赤い納札をいただきました。納札の裏には61歳とあります。関東の人で、108回を祈願して香川に引っ越してきたといいます。車とはいえ、108回も回るのは大変なことです。どんな思いを胸に沈めているのでしょうか。

「お遍路さんにはいろいろな人がいて、みんなそれぞれ何かを抱えているから」と言ったら、「抱えているものは置いてくる…」と言って石段を見上げました。

徒歩 65番札所三角寺→(1時間)→11:30病院の喫茶店へ

バスがなかったので、バス道を行けるところまで行くことにして歩き始めました。途中休めるところがあったら休むつもりでしたが、全くお店がなくてようやく見つけた大きな病院にあった喫茶室に入りました。愛媛の人には外食の習慣はないのじゃないか、などと思いましたが、偏見かしらん。

バス 病院前→伊予三島 

JR 伊予三島→観音寺(13:59着)

その後観音寺の町をカメラ散策。ネットで調べた古い町並みがおもしろそうだと思って時間をとったのですが、特に目立ったものはなくて、収穫のない半日でした。

24,937歩 14.5㌔

納札

納札(おさめふだ)は遍路の時に本堂と太子堂に納めます。表に住所と名前、日付を記入し、裏には願い事を書いたりします。お寺には納札を入れる箱が備え付けられています。

そのほかにご接待を受けたりしたらお渡しすることもあります。

「名刺のようなもの」なので出会った人と交換することもあります。

納札の種類

巡拝した回数によって

1~4回 白
5~7回 青
8~24回 赤
25~49回 銀
50~99回 金
100回~ 錦


11月30日(金)66雲辺寺

バス 観音寺(8:52発)→谷上(9:38)

徒歩 谷上→(9:38発)→ロープウェイ乗場(10:20着)

ロープウェイ 乗場(10:20発)→山上駅(10:28着)

徒歩 山上駅→66番札所雲辺寺

観音寺市の乗り合いバスで谷上まで行き、そこから登り道3㌔、ロープウェイは20分間隔で出ているので、40分発に乗るつもりでしたが、頑張りたい性格が災いして20分発に間に合わせてしまいました。

雲辺寺はとても大きなお寺でした。四国八十八か所でもっとも高所にある札所とのこと。歩いて登るにはふもとから二時間かかるそうです。65番札所からなら28.5㌔、7時間以上かかります。歩き遍路の人は本当にすごい。

山頂は公園のようになっていて、五百羅漢を横目に見ながらお寺に入っていきます。

本堂の近くに「おたのみなす」というなすの形をした腰掛があって、なす形の白い部分をくぐってそこに腰かけると願いをかなえてくれるというのでこっそりお願い事をしました。

ロープウェー 山上駅(11:40発)→山麓駅(11:45着)

徒歩 山麓駅→谷上(12:45着)

バス 谷上(13:05発)→観音寺駅(13:51着)

 谷上にバス停はなく、来た時におろしてもらったあたりで待って少し遅れてきたバスで駅に戻りました。駅に着いた後近くで昼食のとれる店を探したけれどやっぱりないので駅向こうのイオンに行き、敷地内にあった「はなまるうどん」で昼食をとりました。香川にいるのに「はなまるうどん」、残念。昨日は「ガスト」だったし。

食後「琴弾公園」に行き、銭形展望台に登りました。見たらお金に不自由しないで健康で長生きできるという「寛永通宝」の砂銭を見てきました。

駅前のビジネスホテルに3連泊のうち2泊目、昨日部屋の電気が切れそうになっていたのと排水のにおいがこもっていたのを改善するようにフロントでお願いしておいたら直されていてほっとしました。同じホテルに3泊もするのはリスクが高いと痛感しました。一泊なら多少のことは我慢できますが。

26,660歩 15.9㌔

12月1日(土) 67大興寺 68神恵院 69観音寺 70本山寺

バス 観音寺(7:48発)→木立(8:20着)

徒歩 木立→20分→67番札所大興寺

徒歩 67番札所大興寺(10:00)→68番札所神恵院69番札所観音寺70番札所本山寺(14:20)

JR 本山駅(14:56発)→観音寺駅(15:01着)

 少し早めにふれあいバスを待っていたら、これから市役所を回ってまた駅に戻ってくるというバスが来て乗せてもらいました。とても親切な運転手さんで、大興寺に行くには案内所で教えられた「向新田」ではなく「木立」のほうが近いと教えてくれました。観音寺の案内所には二度ほど聞きに行ったのですが、なんだか情報があやふやで、もしかすると誰も実際に確認していないのではないかと思いました。「言われたことを伝えているだけ」の仕事。よくあることですが。

 大興寺を参拝した後バスに乗るつもりでバス停まで20分ほど歩いて、御朱印をもらうことを忘れたことに気が付きました。あわてて戻ったのですが、また20分歩いてバス停に戻ってもバスはなく、歩いたほうが早いということで次のお寺まで歩くことにしました。大興寺の住職さんには親切に相談に乗ってもらったうえ、おおきなミカンを2つもいただきました。

大興寺から神恵院まで8㌔。神恵院から観音寺まではすぐ、観音寺から本山寺まで4.5㌔

 観音寺から乗ったバスには他に40代の夫婦がいました。その方たちは62番札所は礼拝所ではなくて宝寿寺に行って御朱印をもらったそうですが、600円だったとのことです。

34,923歩 22.3㌔

大興寺の赤いローソク「7日燈明」

コンクリート造りの神恵院

観音寺から4.5㌔ 馬頭観音の本山寺


 

12月2日(日)71弥谷寺 72曼荼羅寺 73出釈迦寺 74甲山寺 75善通寺

JR 観音寺(7:14発)→みの(7:28着)

徒歩 みの→(40分)→71番札所弥谷寺

 JRの駅から徒歩40分、お寺のある山の下に着いたらそこから約540段の石段が続いていました。が、ふと横を見ると太子堂までの山上バスがあるとの表示。そこまでの370段はバスが!!乗る人が来たらすぐ出発するということでで、客は私一人でしたがありがたく乗せていただきました。500円。

太子堂の奥に、弘法大師が幼少のころ学問しのちに密教の修行をしたと言われる「獅子之岩屋」という岩窟がありました。たった一人で薄暗いその前に立っていたら怖いようなすがすがしいような、厳かな気持ちになりました。弥谷寺までの道もところどころ石仏が置かれていました。長く歩いていて石仏があるとホッとします。

徒歩 71番札所弥谷寺→(80分)→72番札所曼荼羅寺→(10分)→73番札所出釈迦寺→(50分)→

   74番札所甲山寺→(20分)→75番札所善通寺→(20分)→ホテル

ひとりで黙々と歩いていると心の中に入り込んでいきます。ここにお遍路の意味があるような気がします。

曼荼羅寺の門前に「おはぎ」の看板を見つけて休憩。黒米でにぎったおはぎというよりおにぎり。具はあんこ。12:12途中少し迷って甲山寺着。甲山寺から善通寺までは1.5㌔20分。善通寺は日曜日だっこともあり、観光地の賑わいでした。お遍路装束がちょっと浮くような。善通寺を出て20分で予約していたホテルに到着しましたが、まだ14:20だったので、ロビーの喫茶コーナーでコーヒー休憩にしました。しばらくしたらホテル内で行われていた法事が終わったらしく、喪服の人が何人も出てきて喫茶コーナーでわさわさ立ち話を始めたので退散しました。

出釈迦寺 弘法大師に守られている町

外国人のお遍路さんがたくさん歩いています。

お願いしたら孫ができたと男性が話していたのはこのお寺だったか


12月3日(月)

徒歩 ホテル→(20分)→観音寺駅

JR 観音寺(7:38発)→岡山(8:38着 9:20発)→名古屋(11:34着)

夜中に雨が降り出しました。朝から雨。朝食は予約時に和洋が選べたので和朝食を頼んでおいたら、食堂は昨日の喫茶コーナーでおかずもご飯も冷えた弁当でした。早々にホテルを出たら、予定していた電車より早い特急電車に間に合ったので切符はなかったのですが、必要なら中で買おうと思って乗ってしまいました。事前に買っておいた帰りの切符は、一駅隣の多度津からの特急切符でしたが、車内で聞いてみたら特急料金は変わらないと言われ、不正乗車をしたわけではないとわかってちょっと安心しました。

 

2018年11月 ネパール

 10月30日から11月5日まで、友人と二人、阪急のパックツァーでネパールに行ってきました。

「遊覧飛行・ハイキングプラン・美しきヒマラヤとネパール7日間」

参加者は全26名。単独参加の男性が2人と私たち2人のほかはご夫婦で、ちょっとお話したところ海外旅行慣れした人が大半のようでした。さすが、あまり人の行きそうにないネパール、でも上限28名の募集で、早くから申し込みがあったようです。

 

10月30日

セントレア9時40分出発。香港で5時間30分の乗り継ぎ待ち、その後5時間20分でカトマンズへ。時差-3時間15分。

香港での待ち時間が長かった!

 カトマンズに着いて全員の荷物が出てきたのに、私の荷物だけが出てこないというハプニングがありました。

 さんざん待って、台の上の荷物がなくなったころ、ふと見たらケースにつけていた赤いベルトだけが回っている。いよいよ不安になりました。

添乗員さんが機転を利かせてあたりをさがしてくれて、見つけました。どうやら誰かが台から降ろしてその辺に放置していったようでした。なぜ?なんのために?盗ろうとしてキーがかかっていたからやめたのかしら…。そのあと一人参加の人がいなくなったことに気が付いてまたまたひと騒ぎがありました。それでずいぶん遅くなってホテルに到着。ホテル ヤク&イエティ いいホテルでした。

10月31日

午前 カトマンズ エベレスト遊覧飛行50分

午後 チトワン 国立公園でジャングルアクティビィ

 5時30分ホテルを出発し15分くらいで空港に到着。飛ばないこともある、そのために最終日が予備日になっている、飛んでもどれほどの待ち時間があるかわからない、という不安条件の中、ラッキーな私たちは飛行場に行ったらすぐに飛行機に乗れました。こんなことはめったにないという添乗員さんの言葉に気をよくして搭乗したけれどなかなか動き出さなくて結局1時間ほど機内で待ちました。その間、ホテルで用意してもらった朝食弁当(りんご丸ごと1個・バナナ1本・マフィン・クロワッサン・ゆで卵)を食べて待ちました。

7000~8000メートル級の雪山の迫力はもうなんと言ってよいか・・・。

遊覧飛行の後は、カトマンズ空港からバラトプル空港へ飛行機移動。

飛行機を待っているとき、前に座っていた現地の女の子(後で聞いたら13歳でした。もっと小さい子にみえましたが)のTシャツに折り鶴の模様があったので話しかけて鶴を折ってあげました。すごく喜ばれて、こちらも幸せな気分に。

チトワン国立公園には14時30分くらいに着き、全員が象に分乗してジャングル探検。

何も出ないかもしれないと思い始めたころにサイを見つけて象たちが力を合わせて包囲、目の前で見ることができました。

ほかにはワニとサルを見ました。

 象に乗ってジャングルをゆるゆる歩くだけでもたのしい体験でしたが、サイに向かって威嚇の声を上げる象の迫力にはびっくりしました。暑かった。ちなみに気候は昼間は暑くて、朝晩は肌寒い程度。

 

 2日目の宿はホテル サファリナラヤニ。大自然の中のリッチなリゾートホテルでした。夜はホテルの前の広場でタルー族の民族ダンスの披露がありました。

11月1日

朝7時、牛車で昨日訪問する予定だった「タルー族」の村に行きました。

現地ガイドは経験豊かで、状況に合わせて計画を適宜変更できる人で、昨日は皆さん疲れてしまったので、早めのホテル入りをしたのでした。

 2時間ほどのタルー族訪問を終えて、いったんホテルに戻ってからバラトプル空港からポカラ空港へ飛行機移動。ペワ湖でボートに乗って湖の中にある神社まで行きました。

その後サランコット第一展望台に行って、夕日に染まる山の景色を堪能しました。とはいえ、展望台の鉄の階段を高所恐怖症の私は登ることができずに、一人だけ階段下で眺めたのですが。

 残念ながら雲が多くて、山はほんの少し顔を見せてくれただけでした。

ホテルに着いた後、夕食前にグルー族の舞踊がありました。フィニッシュではほとんどの人が舞台に上がって一緒に踊っていました。ヒマラヤンフロントホテル&リゾート泊

11月2日

 ホテルから見た朝の山の景色が最高でした。

日の出が6時15分と聞いて、6時頃に部屋を出ようとしたらドアが開かない!日の出に間に合わないと焦って、ブロークンな英語でフロントに電話をして、外から開けてもらうことができました。なんとか通じるものです。

朝の景色を満喫した後、ポカラ市内の観光に行きました。ヒンドゥバシニ寺院の見学をして中華料理の昼食。

 その後狭くて険しく車の通行も多い山道を通ってカンデに到着。「オーストラリアキャンプ」をめざしてハイキングをしました。ハイキング、とはいえ、厳しい階段続きの山登り。高所のせいか、心臓がつらく息切れもして、何度か休みながらの登山、2時間でした。

 キャンプ地ではチベットの難民の人々が小物を売っていました。中国に攻められてチベットから逃げてきた人たちは仕事もなく、このようにして暮らしを立てているという話を聞きました。現地に行かなければ実感できないことがたくさんあります。

 オーストラリアの人が作ったという「オーストラリアキャンプ」は高山にあるとは思えないほど快適でした。宿泊したロッジの部屋はお湯も出て、トイレもありましたが、洗面所の水が出なくて、シャワーの蛇口を洗面所までひっぱってそれを結び付けて洗顔しました。不便ではありましたが、まあ、愛嬌です。

 残念ながら雲が出て、夕焼けは見られませんでしたが、深夜の星空と朝焼けは素晴らしいものでした。

11月3日

 7時45分に出発してダンプスまでのハイキング。くだりはゆっくりゆっくり楽な行程でした。ヒマラヤ桜や野生のランの花が咲いていました。

ポカラ空港からカトマンズ空港へ移動。

日本食(生姜焼き定食)の昼食後は、三浦雄一郎さん御用達のお店で買い物タイム。買い物の後はホテルへ。

ハイアットリージェンシー泊。すごく立派な建物でした。

 私個人の考えを言えば、せっかく海外に出ているのだから、現地では現地の食事をしたいと思います。

今回は中華料理やこの生姜焼き定食、長野のそばが昼食に出てそれがたぶん多数派の希望かとは思いますが。

ハイアットリージェンシーの玄関前と部屋から見た中庭の写真です。重厚なホテルでしたが、浴槽とシャワーが別になっていて、どうやって使ったらいいのか悩みました。体を洗うことと温めることは別々にするってことかしら。


11月4日

バクタプルとパタンの見学。似たような建物が続きます。ただ、2016年の大地震の傷跡がまだあちこちに残っていて、被害の大きさを実感しました。世界遺産が崩れてしまうほどの地震だったのに、日本にいた私は全く認識していませんでした。

ホテルに戻って夕食をとったあとバスでカトマンズ空港に向かいました。23:15発香港へ。

 

11月5日

香港で機体交換のため2時間半の追加待ち時間、結局7時間待ちました。お詫びということで、搭乗券で75香港ドル分の飲食ができました。

 

 今回のパックツアーは明るくて何があっても動揺を見せない素敵な添乗員さんと日本語が巧みで経験豊かな現地ガイドさんのおかげでより楽しくて豊かなものになりました。なにもかもラッキーでした。

2018年10月 お遍路⑤

10月12日から18日までお遍路に出かけました。ありがたいことに今回は1週間お天気に恵まれました。

10月12日(金)

JR 名古屋(9:08)→岡山(11:17着11:35発)→松山(14:13着)

徒歩 松山…10分…大手町

伊予鉄 大手町(14:25発)→三津→県庁前

徒歩 県庁前→ビジネスホテル

 

1日目は松山観光をしました。

道後温泉や松山城近辺は前回観光したので、今回は知人に勧められた三津港へ行きました。

古い町並みを港まで歩いて行ったら渡し船の人に呼び止められて何となく向こう岸まで渡してもらいました。すぐに引き返しましたけど、旅気分を味わいました。この渡し船、公営のもので渡し賃は無料でした。

伊予鉄道の路面電車では、車掌さんが紙の切符に鋏を入れてくれました。

子供のころの電車ごっこを思い出しました。

10月13日(土)

伊予鉄 県庁前(7:10発)→道後温泉(7:33着)

伊予鉄 道後温泉(10:00発)→大街道(10:37着)

バス 大街道(12:38発)→久万高原…(徒歩45分)…㊹大宝寺…(徒歩45分)…ホテル

 

 道後温泉近くの「子規記念館」を見学しました。俳句を作ったら短冊に印刷できるというプリンターがあったので、一句ひねりだして短冊を作ってちょっと満足して、大街道まで路面電車で移動。そこから久万高原まではJRバス。土曜日だったのに平日の時刻表を見て計画を立てていたので大街道で2時間待ちになりました。スタバでコーヒータイム。久万高原から大宝寺までは徒歩45分で、途中に今夜の宿があるのでリュックを預けて往復しました。

 素泊まり4500円のホテル、近くにJAマートがあったのでおでんなどを買って夕食にしました。

こじんまりとしたかわいい部屋だったのですが、配水管のにおいに悩まされたうえ、外気が入ってくるのか体が冷たくなって12時くらいに目が覚めてしまってそのまま眠れずに過ごしました。暖房を30度にしたのに布団が冷えて、ちょっといやな感じがしました。幽霊が出たわけではないのですが。

10月14日(日)

バス 久万営業所(8:00発)→岩屋寺前(8:20着)…㊺岩屋寺

徒歩 ㊺岩屋寺…(60分)…小岩屋荘→お母さんの軽トラ→久万中  

   学校前

バス 久万中学校前(14:01発)→塩ヶ森(14:25着)

徒歩 塩ヶ森…(2.8㌔30分)…㊻浄瑠璃寺…(すぐ)…宿

 

旅に出る前は、事前に手を尽くして調べてくるのですが、現地に着くと予想外のルートがあったりして変更することが多々あります。

 宿から次のお寺までは10.5キロ歩く予定でしたが、7時50分発のバスが岩屋寺の近くまで行くことが分かったので、バス移動にしました。8時20分岩屋寺前着。バス停から本堂までは長い石段が続き「歩いてきたら登れなかった」と思いながら30分ほどかけて登りました。岩屋寺は山の頂上の岩の中にめり込んだみたいな、迫力のあるお寺でした。

 

 あいていればバスには一番前の席に座るので、あんがいよく運転手さんとお話しします。

今回も行きのバスの運転手さんに、「帰りのバスは12時45分までないので国民宿舎小岩屋荘まで歩くといい」とアドバイスされ、お寺から約1時間かけて小岩屋荘まで歩きました。そこでエビ天ぷらうどんの昼食をとったあと、(乗ってきたバスが終点まで行って戻ってくるのを待って)バス停に立っていたら、軽自動車のお母さんに声をかけられました。バスは少ないでしょ、ということで、ありがたく乗せていただくことに。途中でかかしコンクールをしている広場にも寄ってもらいました。

また、次の札所まではJRバスと伊予鉄バスを乗り継いでいかなければならないと思っていたのが、塩ヶ森で降りて歩いたほうが早く着くと教えてもらいました。「よくお遍路さんを運んでいる」と言われて運ばれてお話しできるのはいいなぁと思ったりしました。

 

 バス停塩ヶ森から浄瑠璃寺までの2.8キロの道は 、山の中の舗装された下り道で快適な森の空気を吸いながらの孤独でごきげんな下りになりました。誰にも会わず、途中1台だけ車に追い越され、札所のすぐ近くでバイクとすれ違っただけでした。

 

 12日の松山駅から三津までの移動も案内所の人に教えられて電車から徒歩に変更したのですが、今回は計画変更をたくさんすることになりました。

 

 浄瑠璃寺近くの長珍屋泊。1泊2食付、7776円。とても親切な若いご夫婦のされている大きなお寺みたいな民宿・旅館で、夕食は10人ほどのお遍路さんと一緒でした。坊主頭の女の人がいる、と思ったらとても元気な尼さんでした。ご本人は「雇われ坊主」をしているといわれていましたが。

10月15日(月)

徒歩 宿(6:30発) …20分… 47八坂寺(6:50着)…  4.5㌔2時間 …48西林寺(9:20着) …3㌔1時間… 49浄瑠璃寺(10:50着)

           …2㌔40分… 50繁多寺(12:20着)  …(3㌔50分)… 51石手寺(13:50着) …(20分)… 宿

 

 八坂寺から西林寺までの4.5キロの道で間違えました。ひたすら歩いてローソンでコーヒータイムをとったりして2時間かかりました。昨日の宿で一緒だった尼さんも間違えたということで、道案内がわかりにくい場所でもあったと思います。愛媛に入ってお遍路の道案内シールが少なくなったような気がします。

 

 西林寺からは1時間、浄瑠璃寺の手前で声をかけられて、小さなミカン二つと飴のお接待を受けました。集中豪雨の影響でミカンのできが悪いとのことです。愛知県からきていると言ったら、朝ドラ「半分青い」で有名な恵那に行ったけど五平餅は売り切れで食べられなかった、という話になって笑い合いました。こういう出会いもお遍路の楽しみの一つです。

  

 浄瑠璃寺から繁多寺までは尼さんと一緒に歩きました。昨夜はとても元気が良くて、私の予定より2寺多く歩くと言われていたのですが、今日は元気がなく、腰が痛くなって座薬を使っているということでした。

石手寺は門前にたくさんのパンフレットがあったり、境内のあちこちにパワースポットだのなんだのがいっぱいあって、どっちを向いたらよいのかわからないようなお寺でした。

 

 道後温泉のすぐ近くの公共の宿に1泊。2食付きお遍路価格で8500円。お遍路さんもどうぞ、という宿だったので予約をしました。ところが、夕食の席のテーブルには釜飯がおいてあり、出来上がるまで20分待つように言われ、ほかに八寸とお造り、火のついていない鍋物。お造りはちょっと生臭くて食べられなく八寸は一瞬で食べてしまって、鍋とご飯が炊きあがるまで20分間何もすることがなくて困りました。宿のスタッフは高級ホテル並みに直立して見ているし。誰かと一緒でおしゃべりしたり、お酒を飲んでいたら間が持てたのでしょうが…一人歩きの遍路には不向きな宿でした。そしてその夜、今後公共の宿は避けようと決心したのでした。

 ちなみにこの日は34591歩、19.8㌔でした。

10月16日(火)

徒歩 宿…道後温泉駅(7:57発)→松山市駅(8:17着)

バス 松山市駅(8:21発)→52太山寺(9:20着)

徒歩 52太山寺 …2.5㌔40分… 53圓明寺(10:00着) …JR伊予和気駅

JR      伊予和気(11:35発)→今治(12:32着)

徒歩 今治駅 …4㌔…54延命寺 …4㌔今治駅

 

 念のために太山寺までの行き方を松山市のインフォメーションで聞いてみたら、近くまでバスが出ているということ。ここも来るまでは松山市からは三津経由でしか行けないと思っていました。急遽変更して、バスに乗りました。

太山寺は本堂に行く道が土砂崩れのため通行止めになっていました。ここでも西日本集中豪雨の影響でしょうか。

 伊予和気の駅では、駅の写真を撮っていたら、日本語のうまい外国人(男性)にわが愛機ソニーα7はいいカメラだとほめられました。

 今治のホテルにリュックを預けて、延命寺に向かいましたが、案内所で道を教えてもらったにもかかわらず、並行して走る道を1本間違えてずいぶん遠回りをしました。途中イケメンで感じのいい高校生に道を尋ねてたどり着きました。なんだか学校の多い道でした。

 

今治駅近くのビジネスホテル2連泊。朝食付きで2泊10756円。

 

10月17日(水)

徒歩 宿(6:50出)…5分…55南光坊 …3㌔45分… 56泰山寺 …3㌔50分… 57栄福寺 …3㌔50分

   … 58仙遊寺(11:50出) …7㌔2時間…59国分寺(13:50着)

バス 国分寺前(13:01発)→今治駅(15:24着)

 

 朝食をとった後すぐに宿を出て南光坊へ行きました。納経所の方がとてもフレンドリーで話しやすくて、心に残りました。次の日の夜ホテルで見ていたテレビ番組にたまたま南光坊のその人が出て、評判の人だと知りました。

 

 泰山寺から栄福寺へ行く道の途中にあった老人ホームの一角に「四国遍路無縁墓地」がありました。遍路途上で亡くなる人もたくさんいたのだろうと思いを馳せます。

 栄福寺は面白いお寺でした。24歳で寺の後を継いで住職になった現住職はまだ若くて、映画にもなったようです。本堂の隅にさりげなく古い箱車が置かれていたのですが、どうやらいわくつきのものらしくて、掲示されていた新聞の記事を読んではじめて箱車のわけが分かりました。

 伝説の主人公から電話が入ったという、本当に不思議な話でした。

 

 栄福寺から仙遊寺までは約3㌔、疲れてくると時速3㌔くらいになるようです。上り坂も影響しました。

 

 仙遊寺に着いたのが11時45分、予定より早く着いたので翌日に回る予定にしていた国分寺まで行くことにしました。

国分寺までは7㌔となっていましたが、予定にしていなかったので地図を持っていなくて、仙遊寺の御朱印帳を書いてくれた人に道を聞きました。

ところが、仙遊寺の娘さんが出産で人手不足だから京都から助っ人に来ているだけだからわからないとのこと。お寺にもいろいろ事情があるものです。少し不安でしたが決心して山道に入っていきました。

 

 案外、山道のほうが標識がきちんとあってわかりやすいもので、少しも迷わずに下山して、次のお寺につきました。下った後は平坦な道でしたが、さすがに疲れきって途中のコンビニでアイスコーヒー休憩。コンビニがオアシスに見えました。

 この日は31924歩、19.9㌔。

 

10月18日(木)

JR  今治(7:56発)→岡山(9:59着)→名古屋(12:34着)

 

 2連泊して朝食が全く同じだとがっかりします。微妙に献立が変わっていて、ここのホテルは心がこもっていました。おいしい朝食をいただいて、ちょっと早めに出発したら予定していた普通電車の前の特急に間に合ったので、そのまま乗車して、またまた計画変更をすることになりました。本当に今回はたくさんの計画変更をしたお遍路旅でした。

2018年9月 北海道

9月15日(土)

名古屋港を19時に出る太平洋フェリーで苫小牧に向かいました。

今回、まず兄と一緒に屈斜路の別荘(正確にはボロ家)に行って掃除をしてから一人旅を開始しました。

フェリーは15日の夕食から17日の朝食まで全食付きの個室で、トイレもテレビも部屋にありました。揺れもなく快適でしたが、残念ながらずっと曇りで、海上の夕日や朝日は拝むことができませんでした。

9月16日(日)

 特にすることもないので13時30分から上映された映画「オールセインツ」を見ました。心に響くいい映画でした。1日2回映画が放映され、夜はジャズ演奏もありました。

17時頃仙台到着。

仙台からはツァー客がたくさん乗船してきました。

9月17日(月)

 やっぱりすることがないので読書。寺山修司の「詩的自叙伝」。

11時苫小牧到着。

 

 そのまま屈斜路のぼろ家まで行く予定だったのが、今日が祝日で水道局はお休み、当直の人が対応してくれるとのことだったのですが、(毎年冬が来る前に水道を止めて帰ってくるので、初日には元栓を開けてもらわなければなりません)それを兄は4時に約束したとのこと。苫小牧から屈斜路までは休憩なしに走り続けても5時間以上かかります。

よく考えたら、たとえ水が出ても1年間空き家だった部屋に夜着いて掃除をする間もなくそのまま泊まるのも抵抗があります。特に屈斜路の家は古くて虫が多いし。

ということで、急遽近くの民宿に泊まることにしました。

 

 摩周湖が好きすぎて摩周湖の近くで摩湖という民宿を始めたというご主人は、若いころは就職せずにアルバイトでお金がたまったら旅に出ていたという人。

自転車で日本縦断をした後リヤカーを引いて日本中を旅したというその時の写真がたくさん掲示されていました。奥さんも旅好きらしく、年齢的にも私がユースホステルを使って旅をしていたころと同じで、ひょっとしたらどこかで会っていたかもねーとはしゃぎました。

写真の湯気は温泉の湯気。縦位置の写真は屈斜路の家。布団を干しています。

9月18日(火)

  摩湖の朝食は泊り客全員一緒でした。横浜の男子大学生二人組、山登りをしているフランス人(男性)、仕事で泊まったらしい中年男性。フランスの人は日本語が達者だったので楽しく会話できました。

 9時前に屈斜路の家に着きまず掃除。兄は草刈り。去年はびっしりとテントウムシが窓に張り付いていたのに、今年は全くいませんでした。後で地元の人に聞いたところ、もうちょっと後に出てくるとのことでした。その代わり、クモの死骸がたくさん!!!

 夕食はご近所さんにいただいたトウモロコシとトマト。お風呂は近くの温泉に。400円。

9月19日(水) 

 5時に目が覚めたら、寒いこと!  10度あるかないかの気温でライトダウンを着こみました。

8時に尾岱沼に向けて出発しました。

屈斜路→尾岱沼→野付半島→中標津

ここまでは兄の車で移動しました。バスを使って移動したら2日はかかりそうなところですが、さすがに車は便利です。

野付半島では家族でのびのび歩いているエゾシカに会いました。

 兄に中標津のホテルまで送ってもらって、一人旅の開始です。中標津ホテルモアン泊。温泉、親切なフロントの人々。清潔な室内。ひとりになって、ちょっとほっとして・・・。ひとりはさびしい、ふたりは煩わしい、なんて。ね。

9月20日(木)

 8時に阿寒バスで釧路へ。途中エゾシカを4頭見ました。10時半釧路着。

釧路からJRで茶内へ。14時39分茶内着。

 お世話になるペンションポーチの瓜田さんに迎えに来てもらって、「びわせ展望台」へ連れて行ってもらい、帰りは1時間ほどの下り道を歩いて戻りました。ラクしました。おしゃれな、赤毛のアンの部屋みたいな、天井が斜めの木の部屋にゆっくり2泊しました。

オーナーの瓜田さんは湿原の保存に力を入れてNPOナショナルトラストの活動をされているとのことで、近くの無人島ツァーや漁業の仕事体験などを企画されている、浜中で生まれ育った方です。

夕方、ペンションすぐ後ろの湿原でものすごい夕焼けを見ました。翌日は美しい朝日がペンション前の海にのぼって・・・ありがたいお天気でした。

9月21日(金)

  9時半から瓜田さんにガイドをしてもらって

霧多布岬→アゼチ岬→オジロワシ→昼食

霧多布岬でラッコを見ました。本当に上向きに浮かぶんですね、ラッコ。

昼食後は湿原センターから2時間ほどかけて歩いてペンションに戻りました。部屋にテレビはなく、やっぱりひまなので、読書三昧。

寺山修司「詩的自叙伝」読了。

トオマス・マン「ベニスに死す」を読み始めました。

9月22日(土) 小雨

 9時35分のJRで厚岸へ。小雨を避けて、駅近くの道の駅「コンキリエ」でコーヒーとドーナツでのんびりしました。魚のいる水槽が2つだけの「水族館」で魚を見たり、展望台に登ったりしたあと、「海事記念館」へ行きました。なぜだかそこで30分のプラネタリウムがあったので、私一人のための上演かなぁと思って座っていたら、遅れて若い女性が入ってきて、それでもたった2人のためのプラネタリウム上演会。

シーサイドインホテルあっけし泊

 

9月23日(日)

 朝食にカレーとおでんが出ました。魚介類がさほど好きではない私にはちょっとうれしい。そういえば、ちょうどサンマの水揚げ時でした。魚介好きだったら北海道はもっと楽しいでしょうねぇ。

厚岸→釧路

釧路動物園へ行きました。朝は小雨だったのですが、動物園に着いたら上がっていました。自然のまま、どんどん歩いていくと森に入ってしまいそうな、広い動物園に少しの動物たちがいました。着いたときちょうどホッキョクグマのモグモグタイムでした。エサは「ホッケ・サバ・牛肉・馬肉・リンゴ・蒸かしたサツマイモ・人参・青梗菜」 

動物園の後、幣舞橋から啄木の記念館に行きました。

駅前の釧路スーパーホテル泊。清潔で朝食付きで、フロントの人も親切。

9月24日(月)

  8時23分発の特急おおぞらで南千歳、南千歳から新千歳空港まで。

12時10分に空港に到着しましたが、飛行機は3時5分、実はその前の便の予定だったのが、ダブルブッキングとかで便の変更がありました。それで空港で3時間待ちになりましたが、3連休の最終日で空港が混雑していたので早めに着いてよかったと思いました。

 1年ぶりに千歳空港では、搭乗の手続きが全部セルフになっていて、少しドギマギしました。荷物を預けるのも各自で大きな機械に入れて自分でシールを貼る、そのためか人がたくさんいた割には行列もできずに流れはスムースでした。

2018年3月 お遍路④

3月26日から4月1日まで四国に出かけました。全日晴れ、もくれんや梅がまだ残っていて、気の早いれんげが田んぼを彩り、そしてさくら、さくら、さくら。春の旅を満喫しました。3月なのに少し暑いくらい。今年の異常気象が私の春の旅を応援してくれました。

 

3月26日(月)

名古屋(9:18)→新大阪(10:26着11:09発)→高知(16:05着)

 新大阪までは新幹線、新大阪から高知までは高速バスで行きました。四国に渡る高速バスは結構すごい。乗用車を追い越してガンガン走ります。いったい何キロぐらい出しているのだろうと見て見たら100キロは出ていないくらい。

移動だけで1日目終了。前回泊まったときに親切なフロント、安い宿泊費、100円の朝食に味をしめたので今回も高知の宿は同じビジネスホテルに3連泊です。ちなみに3日で10200円!!

 

3月27日(火) ㉜禅師峰寺・㉝雪蹊寺・㉞種間寺

高知BT(バス41分)→峰寺通(徒歩10分)・・・㉜禅師峰寺(徒歩2時間)・・・種崎フェリー乗り場~(フェリー5分)

長浜(徒歩20分)・・・㉝雪蹊寺(徒歩90分)・・・㉞種間寺(徒歩30分)・・・ネギ谷口(バス30分)→南はりま橋

 禅師峰寺はバスを降りてから「マムシに注意」の看板を横目に登り5分。海を臨む小さなお寺、着いたのは8時頃でしたが、まだ誰もいなくて、静かで澄んだ気の世界に浸ることができました。

禅師峰寺からはフェリー乗り場まで徒歩2時間。迷いながら着いたときに1時間に1本のフェリーが出ていってしまいました。1時間待ちかぁ、と思って本を開いて30分くらいしたらお遍路さんが続けてやってきました。一人で回っている男性が3人。遍路道は同じなので歩いているうちに顔見知りになっていきます。ここでも2人の人が知り合いだったらしく話が弾み、その会話に巻き込まれて30分があっという間に過ぎました。

町営の無料のフェリーは、船というよりは四角い大きな屋根付き筏で、接岸されている状態ではどこからフェリーなのかわからない感じでした。

フェリーを降りて雪蹊寺まではすぐ、雪蹊寺から種間寺までに行く途中でフェリー待合所にいた男性に追いつかれてしばらく一緒に歩きました。この人とはその後何度も会います。

 今回のお遍路では私に「大切なことを伝えてくれる人」に何人か出会いました。

一人目の人は、千葉で老人施設の送迎バスの運転をしているというこの男性。明るくこだわりのない人で、歩くことに意味を持たせない、気持ちがいいから歩く、気持ちよく上機嫌で歩く。それだけのこと。という姿勢が軽々としていてなんでもかんでも意味を持たせようとする自分の生き方について考えることになりました。

 この日は31911歩。20.5㎞。靴ひもを締めすぎたらしくて、右足の小指に水ぶくれができてしまいました。

3月28日(水) ㉟清滝寺・㊱清龍寺

高知BT(バス50分)→高岡高校通(徒歩50分)・・・㉟清滝寺(徒歩50分)・・・高岡高校通(バス30分)→竜(徒歩30分)・・・㊱清龍寺(徒歩60分)・・・スカイライン入口(バス60分)→高知城前・・・・・・高知城観光・・・ホテルへ

 朝6時36分のバスで高岡高校通りに行き、清滝寺まで歩きました。

清滝寺から下る道で一眼レフカメラを持った男性がいたので声をかけてみました。ずっと「カメラ」か「お参り」かで悩んでいて、お遍路装束をして一眼レフカメラをもった人に初めて出会ったので考えを聞いてみたいと思ったためでした。

その人はお遍路の写真を撮るために移住してきたという人でした。そして、「写真を撮るときには納経をしない。それは真剣に遍路をしている人に失礼にあたるから」と言いました。写真撮影とは別に年に一度カメラを持たずに遍路をするとも言っていました。この人が「大切なことを伝えてくれる2人目の人」でした。

私はそのきびしい姿勢に思わず身をすくめました。「失礼にあたる」かあ・・・

そして、あらためて自分の写真に対する姿勢を考えました。「いい写真」が撮りたくて撮っているのではないということ、ただ撮りたい、それだけのことだ思いました。それだけのことでいいじゃないか、と心の声がしました。

 

バス停「竜」から清龍寺までの道はまさに春爛漫。鶯の声が響き、桜は満開で、カエルの声を久しぶりに聞きました。

清龍寺から最寄りのバス停まで1時間ほど歩き、バス停で昨日の千葉の男性に会いました。やっぱりのんきにお話をして、その人は朝倉駅で下車、私は高知城を目指しました。

 26727歩、17.6㎞。歩くことがつらくなるほど右足が痛くなりました。大失敗。たかが2~3万歩で。

3月29日(木) ㊲岩本寺・㊳金剛福寺

高知(JR2時間20分)→窪川(徒歩10分)・・・㊲岩本寺(徒歩10分)・・・窪川(JR35分)→中村(バス1時間50分)・・・足摺岬(徒歩すぐ)・・・㊳金剛福寺 金剛福寺宿坊

靴下を2枚重ね履きしてスタート。9時35分のJR普通で窪川へ。11時30分、持ってきた夢枕獏「腐りゆく天使」読了。再読でしたが、ここで描かれる萩原朔太郎も好きになれませんでした。朔太郎の詩は男の性欲臭がきつすぎる、というとまたファンに叱られるなあ。

岩本寺から金剛福寺までは遍路道の中でも最大の距離70㎞。私はJRとバスで2時間半でしたが、岩本寺の納経所で「次は遠いな、野宿を2回しなけりゃならない」と聞えよがしな独り言を言っている人がいました。

15:25足摺岬着。来る途中バスの運転手さんに勧められた白山洞門まで歩いて戻りました。洞門をハート型に写す遊びをしてから宿坊へ。「金剛福寺」はその静寂と満ちている「気」で、前に来た時にお遍路を決心させてくれたお寺です。

部屋は普通の和室で、菅直人元首相の本が置いてありました。お遍路をされたようです。知らなかった。ここのご住職、奥さんとは親しくされているようでした。食事の時にアメリカ人のご夫婦と息子(ハイスクール)さんが隣の席に座りました。英語ができなくて残念な思いをしました。ステキな奥さんだったのに。

3月30日(金) ㊴延光寺

足摺岬(バス2時間半)→寺山口(徒歩15分)・・・㊴延光寺(徒歩35分)・・・JR平田(JR10分)→宿毛(徒歩10分)・・・ホテルマツヤ

 金剛福寺は宿坊らしい宿坊で、タオルには入浴の心得が書かれていましたし、箸袋には「食前のことば」が印刷されていて、全員で唱えました。朝は6時からお勤めがありました。アメリカ人の家族のためにご住職が片言英語でお説教をされました。日本語で話した後、私でも聞き取れる英語で話されて一人同時通訳。

朝食後、カメラを持って足摺岬を散策しました。椿の茂る道に珍しい花が咲いていたので写しましたが、袈裟を着たお坊さんみたいです。

足摺岬から寺山口までは2時間半のバスドライブ。一番前に座ったら小さな声で運転手さんが観光ガイドをしてくれました。「だるま日の出は××が有名だけれど、自分はここの方がすごいと思う」「ここを降りて行った海岸から見える水平線が地球が丸いということを実感させてくれる」「ここは日本で一番初めに黒潮が着くところ、釣り人の聖地と言われる」などなど。足摺岬愛に満ちた運転手さんでした。

延光寺から寺山口まで戻ったら、宿毛行きのバスが出た直後で、仕方がないのでJR平田駅まで足を伸ばして14時に着きましたが、ここでも10分前に出たところで、次は15時58分。ほぼ2時間待ちになりました。ようやく来た1両編成の電車に乗り込むと、六角精児がテレビロケをしていました。旅番組?終点の宿毛で降りてまた戻っていくようでした。

14178歩 8.5㎞ のんびりできたので足の痛みは消えました。

3月31日(土) ㊵観自在寺・㊶龍光寺・㊷佛木寺

宿毛(バス40分)→平城札所前(徒歩15分)・・・㊵観自在寺(徒歩15分)・・・平城札所前(バス)→宇和島駅前

宇和島駅前(JR20分)→JR伊予宮野下(徒歩20分)・・・㊶龍光寺(徒歩90分)・・・㊷佛木寺(バス)→宇和島駅前

 観自在寺では3人の小学生がおばあさんらしき人に連れられてかわいい声で上手に般若心経を読んでいました。

観自在寺の後いったん宇和島まで戻って昼食をとりました。何度か来ていても名物を食べていなかったので今回は「宇和島づくし」を食べました。鯛めし、さつま、じゃこてん。さつまというのは焼くほぐした白身魚に麦味噌とダシ汁をすり鉢で混ぜ合わせて麦飯にかけたもの。説明を聞くまで何がかかっているのか、まったくわかりませんでした。

13時10分発伊予宮野下行きの電車は「ホビートレイン」日本一遅い新幹線。ちょっとちゃっちい・・・この駅ではちょっと趣向をこらした列車をいくつか見ることができました。

 龍光寺から佛木寺へ行く道は池のぐるりをぐるっと・・・楽しいハイキングコースだと思ってずんずん歩いていったらだんだん怪しくなって、標識もなく道を間違えたことに気がつきました。あわてて来た道を戻り、池の入り口あたりで地元の人に出会えたので聞いてみたら、あのまま進んでも行けたと言われ、それでも同じ道を3回も通りたくないということで別の道を教えてもらいました。その後も佛木寺までの道は標識があやしくて、何度も迷いました。ガイドブックでは3.5㎞になっていたのですが。

17763歩 10.8㎞

4月1日(日) ㊸明石寺

宇和島(JR30分)→卯之町(徒歩30分)・・・㊸明石寺(徒歩)・・・卯之町散策→卯之町(JR60分)→松山

 明石寺まで800メートルの標識で油断をしたら、600メートルの登り道。お遍路をして距離としんどさは比例しないことを実感しました。歩数にして3000歩も歩いていないところで息が上がりました。

明石寺では本堂前にきちんと座ってお経を唱えている尼僧がいました。もくれん。さくら。

卯之町をカメラ散策して、「開明学校」「民具館」「米博物館」を見学しました。米博物館は戦前の小学校の校舎で、109メートルの廊下を子供たちがぞうきん掛け体験をしていました。

卯之町から松山へJR特急で移動。

 松山城公園を通って萬翠荘に行ったら、会社員時代に関わった人がそこで行われているコンサートの司会をされていてびっくりの再会をしました。そういえば、宇和島で昼食をとろうとして歩いていた時に、10月のお遍路で知り合った女性と偶然会いました。その人も区切りで回っていて、たまたま今回この時期に来ていたということでした。また、卯之町では金剛福寺で一緒だったアメリカ人家族に会い、手を振りました。

一人が好きだと言い暮らしてきているのに、このような人との出会い、関わりが心を温めてくれるのを感じます。今回はふしぎに偶然の出会いがたくさんあり、そのたびに「人と関わること」にちょっとした幸せを感じるようになりました。

4月2日(月) 

松山(バス8:00発)→大阪(14:00着)→新大阪(JR14:43発)→名古屋(15:34着)

松山エクスプレス(JR四国)で松山から大阪まで移動しました。

これが座席3列のバスで真ん中の席。プライベートカーテンがあって、席についたらすぐに右隣の人がカーテンを閉め左隣の人が窓のカーテンを閉めました。

真ん中で狭くて何も見えない暗い席で6時間!!ビデオも音楽もない、酔うから本を読むわけにもいかない苦痛の6時間でした。夜行ならいいバスなのでしょうけど。

 

今回のお遍路でも学ぶことがたくさんありました。私はあと何年生きるのでしょう、10年、15年、20年かもしれません。でもこの年月はもう何かを目指して登る登り道ではないでしょう。この先は出会った人との出会いを大切にしてゆっくりと上手に下っていきたいと考えました。